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"自分になおる"ためにできること。

どのくらい悪いですか?

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僕は毎朝、カフェで大体エスプレッソを飲みながら
今日という一日をどんな一日にしたいか感じるようにしています。

今日は仲間たちと楽しい時間をもっと共有したいなぁ

そういう楽しい時間から仕事に対して創造力やヒントを得ていくことも大事だなぁ

そんな風に感じました。

どんな体験を共有したいですか?

そんな問いかけが浮かんできました。

さて本題です。

この質問も患者さんからよくされます。

先生、どのくらい悪いですか?

こうやって問いかけられたとき
僕はこう答えるようにしています。

「ちゃんと良くなりますよ」

自分の症状がどのくらい悪いかというのは
痛みや病気が深刻なほど気になると思います。

僕も父が癌だとわかったとき
まず気になったことがどのくらい進行しているかということでしたから。

最近も義父に前立腺癌がみつかり
先生からもきちんと治療すれば治りますよと言われていながら
家内や義母はやはりどのくらい悪いのかを気にしています。

治療するというのは

それよりも
治った先、どんな生活
どんな人生、どんな暮らしがしたいのか?

そこを探してほしいなと思います。

病気の進行や状況を把握することは必要なことです。

でも、ある程度しか素人である患者さんは理解できないと思います。
ただそのある程度の情報は大切な指標であることに違いはありません。

もしそれが使いすぎによる腰痛や膝痛であったとしても
進行性の癌やウィルスによるものだったとしても

痛い、辛い

ということに変わりはないのです。

だとしたら

理解できた範囲から
今、その症状と自分のくらしとの関係を少し変えていくこと。

それが治療だと思います。

怪我や病気になって気がつくということ

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僕も最近、恥ずかしながら怪我をしました。

フットサルでアキレス腱を痛め
歩くだけでも痛いくらいになってしまったのです。

ただ、そこで気がついたのは
昔痛めていた坐骨神経痛のために左足は引きずって歩いていたこと。

それをリハビリとして取り入れたピラティスで気がつきました。

足をつくだけでも痛みと痺れで辛かったのですが
その痛みは骨盤の動きの意識を自分で変えることで治すことができました。

痛みは感じなくなって10年以上経ちますが
久しぶりにハードな動きをしたことや地面が固かったことで
まだ完全に良くなっていなかったことがわかりました。

痛みが気づきをくれるの?

普通に暮らすこと
そこを最低限クリアするなら
まずは痛みがないことです。

ただ、やはり大切なのは
痛みを通じて感じたことを大事にしていくことじゃなかと思います。

今回のことで僕はカラダのことを仕事にするのであれば
もっとカラダを日頃使うこと
何気ない動作や姿勢というものをもっと深くみつめること
そこに取り組みたいという気になりました。

それは痛みが気づかせてくれたのではなく
痛みが僕自身の本音や自分に必要なことを考えたり、感じるきっかけになっただけです。

ココロとカラダがつながっている

そんな風にいうときに誤解があるのは
だから怪我をした
みたいな言い方をすること。

そうじゃない
不自由さや痛みのなかで
自分へ問いかけたからこそ感じることができただけです。

だから人任せにして
治してもらえばいいや
そう考える人にとっては別に気づきもなにも起こるわけではありません。

その人にとっては
痛いか?痛くないか?、病気であるか?ないか?しか判断の基準がないのだから。

どんなことで困っていますか?

僕は患者さんにこんなことをよく聞きます。

なぜなら患者さんは
痛いからとか病気があるから困るのはあるが
本当はそのことで何か不自由を感じているからです。

仕事に支障があることや
子育てするのが難しかったり
好きなスポーツが思いっきりできないこと

自分のやるべきことややりたいことが
なかなかうまくできないからです。

もしかするとそれは
怪我や病気をする前にも感じていたことかもしれません。

もしかするとそれは
怪我や病気をする前はすごく順調だったかもしれません。

それが怪我や病気で挫かれてしまったこと。

そこに不便や不自由、不満や不足を感じさせるのです。

だから当然
どのくらい悪いか?という最悪の事態を想定してしまうのもわかります。

不があることでしっくり感を見出すことができる

不というものは
今の関わり方を見直すきっかけになります。

不というのは何か違うと感じる言葉です。
しっくりこない
そういう場合にこの不が使われるのではないでしょうか?

同じような言葉に非というのがありますが
非は「〜ではない」という接頭語です。

不満、不自由、不足、不思議、不安….

不を感じた時
どうなることを自分は欲しているのでしょうか?

どのくらい悪いのか?

そう聞いた自分はどんな不を感じているのでしょうか?

不の感覚を調えていこう

どのくらい悪いかは
何が不なのかによります。

例えば僕にとっては
フットサルができないというのは不満です。

そして歩く時に感じる痛みは不安です。

信号が赤になりそうな時に走れないのは不自由です。

そんな時、僕はカラダのことがわかっているので
カラダのどこがうまく動けていないのか?
どんな動きで負担がかかるのかを観察しています。

まずは歩く時や片足立ちでバランスの悪いところや
動きにくいところを調えます。

カラダを支える、動く

これを繰り返しながら観察して
微調整していきます。

関節の位置や筋肉の伸びなどを確認しながら
できない動きや姿勢ができるように修正します。

すると普段何気なくしていた動作に問題をみつけることができました。

関節と筋肉を調整しながら
その動作を意識して変えていくと
痛みはほぼ感じなくなりました。

痛くなくなれば不安は消えていきます。
不自由さも消えていきました。

あとはフットサルをすることですね。

カラダの悪さを意識すればカラダは動かなくなります

カラダの悪さを感じればカラダは動かなくなってしまいます。

それよりも
カラダの不を感じてほしいと思います。
ココロの不を感じてほしいと思います。

すると
今の状態をベースにして
できることが増えていきます。

その不をクリアしていくことで
痛みや症状
怪我や病気から一歩一歩回復していくことができます。

僕はあなたのそんな不をカラダの専門家として
サポートしたいと思います。

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