club marusan

"自分になおる"ためにできること。

先生と呼ばれる仕事なので

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こんにちは

明日から夏休みをいただいて奄美大島に行ってきます。
天気予報はあまりよくないみたいだけどね。
家族の時間を楽しんでこようと思います。

さて

科学的なことしか信じない

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そういう人がいます。

でも、そういう人でも
日常の中には非科学的なことやゲン担ぎみたいなことをしていたりして矛盾があったりもしますね。

逆に非科学的なことが好きで
私は感覚派タイプだから〜
とか言っちゃってる人もいます。

これもどうかと思うんです。

まぁ、遊びでやっているんだったらいいです。
でも、仕事ということになるとお金をいただいて、時間をいただいて、もしかすると自分の言葉でその人の人生が大きく変わっちゃうかもしれないのですからね。

科学的とは?

そもそも科学的って何なんでしょうね?

科学的だったら正しいのか?
科学的は絶対なのか?

そうではないと思います。

科学っていうと
あっちの説が正しいとか、こっちの説が正しいとよく論争の的にもなっています。
本当か?嘘か?
陰謀説や利権などを巡った争いなどダークな噂もよく聞きますね。

僕が今、持っている知識と感覚で話すとすれば
科学って
ある仮説を元に何度も再現可能だということを実証することで、ある仮説をひとつの事実として共有しやすくすることなんじゃないかと思います。

だからそれは正しいとか正しくないとかではなく
何を採用するか?
ということだけなんで採用しないことは否定する必要もないものだと思います。

例えば有名なダーウィンの進化論は自然淘汰説というものを唱えています。
それを支持して採用している学者さんが多数います。
もちろんこれが100%真実ではないので、そこに異を唱え別の説を立てて立証している学者さんもいます。

ただダーウィンの説は当時の考え方としてはとてもセンセーショナルであったこともありますが、別にそれが急に採用されたわけではなくその後の意志を継ぐ人たちの努力もあり今の時代の定説になっているということだと思います。

なので別の学者さんが立てた仮説が再現性のあるものであればそれも事実なのだと思います。

科学的なものしか信じないのと科学的に見るの違い

大切なのは科学的に見てみるということです。

科学的なものしか信じないのはとても視野を狭くしてしまいます。

ある事象を科学的に見て
そのことの裏にある出来事を集めて適切な言葉をチョイスすることです。

科学的なものしか信じないのであれば
何かの説を採用しているということでもあります。
しかしそれに何の疑いも持たずにそれを鵜呑みにしていてはとても他人に提供できる内容にはなりません。

それは感覚派という人たちとあまり変わらないのではないかと思うのです。

感覚派の人たちは感覚を駆使するので感じるという能力は高くなっています。
それは僕もとても素晴らしいことだと思います。

ただまたそれはそれで再現性が低いというか
見たいものだけ、感じたいものだけ感じるという状況に陥ることにもなります。

科学的な見方というのは共通言語で会話をすることを可能にします。
そしてそのことをきちんと噛み砕いて説明できるようになることが先生と呼ばれる職業なのではないでしょうか?

自分は先生だと意識していますか?
誰でも生きていれば何かの先生になります。

先生だと思って生きることと
いつまでも生徒で生きること

どちらが学びが多く豊かなものを受け取れるか?

それは間違いなく先生です。

なぜなら人に教えることができるからです。

誰かの話を聞くよりも
誰かに話をした方がより多くの経験が必要になるからです。

経験というのは本を読むとか考えた量ではありません。

実際に挑戦して、行動した量です。

時間やお金のせいにしていないか?
何か行動できていない人と話をしていると
時間やお金のせいにしている人を見受けます。

経験はお金でも時間でもありません。

情熱です。

熱量が高ければ人は動きます。

そしてたくさんの経験を積めばそのことを人の役に立てることを考えてほしいと思います。

それは成功秘話みたいなものよりも多くの失敗談の方が必要です。

僕もここまで来るのに多くの失敗がありました。

たくさんの患者さんにご迷惑をおかけしました。

大ピンチも何度もありました。

そして今も大ピンチの連続ですw

もし時間やお金がないというピンチがあるなら
工夫をするチャンスですね。

その工夫をしたことを何度も再現可能にすることが
ある意味科学的なのかもしれません。

できるまでやっているか?
大切なのはできるまでやっているか?ということです。
できるようになるのと知っている、わかっているというのも違います。

できもしないことを誰かに伝えても決して響くことはありません。

できる人が言うからちゃんとやろうと思ってもらえます。

よく治療家さんでも
患者さんにいくら言ってもやってくれないんだよね。

なんて言う先生がいます。

それはまだ自分ができていないから
そこに信憑性や再現性を感じないからではないかと思います。

科学者たちの研究は
何億通りの中から見つけ出したり
何万回の失敗の中から見つけ出して成果を生みます。

僕たちの日常もそれと同じだと思います。

早く結果を出そう
早くよくなろう
なるべく挫折しないように

リスクを取らずに小さなステップアップを狙っていては
たいした成果も得られないのではないかと思います。

大きなリスクはたくさんの経験のチャンスです。

治療家としてだけでなく
自分にはたくさんの可能性が眠っていることを信じて
いつもチャレンジ精神をもって取り組んでいきたいと思います。

科学的な見方をすること
僕は自分の施術がオリジナリティのあるものと言ってもらえています。
ただ、そこにあるのは自己満足的な評価でしかありません。

患者さんや他の治療家さん、ドクターなどの専門分野の方に話をしても理解してもらうことができてこそ自分のやっていることがはじめて良いものになってきていると実感できます。

ですから、科学的な見方をしながら自分のやっていることに説明がつくようにしたいと考えています。

それがあってこそ
不思議というものはエンターテイメントになるわけですし
単なるオカルトにならずに社会に貢献できるものになるのではないかと思います。

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