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20万人のカラダが僕に教えてくれたこと【1】〜理想的な立位の再現
20万人のカラダが僕に教えてくれたこと【2】〜感覚器を内包する脊柱
20万人のカラダが僕に教えてくれたこと【3】〜直すを捨て、ラクをみつける
20万人のカラダが僕に教えてくれたこと【4】〜姿勢はココロの鏡
20万人のカラダが僕に教えてくれたこと【5】〜ココロとは原始的な感覚
20万人のカラダが僕に教えてくれたこと【6】〜カラダとココロのつながり
20万人のカラダが僕に教えてくれたこと【7】〜姿勢とは準備すること
20万人のカラダが僕に教えてくれたこと【8】~共鳴力を高める

力みがゆがみ

患者さんと共鳴し

「快」「不快」という”感覚”を大事に観察していく。

するとそこには

ひとつの課題が出てきました。

それが

“力み”

カラダのゆがみの正体

それはこの力みです。

どんなに柔らかい肉体であったとしても

骨格はゆがみます。

だからいくらこのゆがみを直したところで

数日後には元の状態に戻ってしまう。

だけど力まなくなったカラダは

同じことを繰り返しにくくなります。

脱力ではない

「力を抜いてください。」

そう言ったところで力が抜けないように

力みは緊張感

「快」「不快」に蓋をして生じたものです。

周囲との関わりによってできた緊張感

そこに感じる違和感を感じずにスルーしてきたことで

カラダが感覚を遮断したような状態です。

それは自らを護ることでもありますが

あまり心地よい方法ではありません。

むしろ

考えることを放棄した

そういうことに近い状態です。

その感覚と思考のズレは行動に不自然さをきたします。

腰痛の人は腰痛の動きをする

ぎっくり腰を繰り返す人を観察すると

痛みがあると言いながら

痛みやすい動作をわざわざしている

なんてことがよくあります。

そのことを指摘し

カラダのバランスを改善していくと

痛みが消えていく

施術なんてしてないのに

そういうことが割とよくあるんです。

ようは

腰痛という恐怖に力んで動くことをしているわけなので

力みが抜けるような

心地よい動きを教えたわけです。

痛みのある人って

痛い人の動きをよくします。

無意識なんですけど

“痛い人”になっているわけです。

カラダの「不快」に力みが生じるのであれば

「不快」自体がココロですから

その両者は「不快」という感覚の先で交差しているわけです。

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これがカラダとココロがひとつ

そう言われる理由です。

カラダもココロも問題解決するには

カラダの不調も

ココロの不調も

問題を解決するのは同じ理屈です。

とても抽象的な言い方になりますが

流れをつくること

なんじゃないかな?

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僕はそう思います。

痛いカラダを直すなら

痛まないカラダになる流れをつくり

ココロの苦しみを直すなら

苦しまないココロでいられる流れをつくる

それは

認知を変えることかもしれないし

それ以前に物理的に手をかけないとならないかもしれないし

生活から何かを排除することかもしれない

ただ、そこには居心地の悪さに慣れてしまっている自分がいたり

それで諦めている人がいたり

僕は少しでもそんな人の希望でいたいと思うし

可能性がある限り解決の糸口を掴めたらいいなと思っています。