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"自分になおる"ためにできること。

20万人のカラダが僕に教えてくれたこと【6】

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こんにちは
まるさんです。

20万人のカラダが僕に教えてくれたこと【1】理想的な立位の再現
20万人のカラダが僕に教えてくれたこと【2】感覚器を内包する脊柱
20万人のカラダが僕に教えてくれたこと【3】〜直すを捨て、ラクをみつける
20万人のカラダが僕に教えてくれたこと【4】〜姿勢はココロの鏡
20万人のカラダが僕に教えてくれたこと【5】〜ココロとは原始的な感覚器

ここまでで”カラダとココロはひとつ”という考え方を理屈で語ることをしてきました。

カイロプラクターとしてスタートさせた僕のキャリアは

腰痛や肩こりの”治療”という役割から

その人のラクをみつけるという役割も担うようになりました。

そうするとラクという概念

ラクに導く方法

ラクでいるための習慣や取り組み

こういうものが必要になります。

僕自身はなんとなくできていたこと。

患者さんはなんとなく良くなっていたこと。

それは本当に良くなっていると言えるのか?

など

更に自分を省みないとなりません。

相手のココロは…

まず、大きな勘違いがあるのは

僕は相手のココロの状態を背骨に触れながら判断します。

それをリーディングだとか

“見えている”だとか言われることがあるのですが

そうではなく

たぶん僕だからではなく

どんな職業の人でも

たくさんの人に触れる機会があれば

見ただけで職業や性格くらいはなんとなく読み取ることができると思います。

それは統計であり

また、その人に自分を映すことで

感情や感性の共感、同調がはたらくからではないでしょうか?

メトロノームの同期実験に代表される

場に生じる振動が起こす同調です。

あるとき僕自身が気づいたことは

患者さんの心理状態を感じる時とそうでない時があるということ。

感じないときは感じようとすればするほど感じられず

どんどん思考に引っ張られ

この人はこういう人なんじゃないか?という先入観に捉われていきます。

それは視覚や聴覚で捉えた僕を脳内で整理しているだけで

共感も同調もなく

ただ、僕が考えたあなた

でしかありません。

こんなものでも

施術中という特殊な環境

治療院という僕が主導権を握れる場

そういう条件を満たしていけば

相手に”見えている”ように信じ込ませることは可能です。

僕はここに危険性を感じました。

救いたいという気持ちの弊害

患者さんを施術する目的は

患者さんの苦をいち早く取り除くことです。

悩みや問題を解決するときに

救ってあげたいとか

治してあげたいとか

そういう気持ちで施術していた時期があります。

そういう想いが伝わるのかもしれない

そういう幻想があったかもしれません。

しかし、この状態で施術しているとき

僕の中で相手をコントロールしようとする力がはたらいていると感じたのです。

施術をすること以上に

自分という存在を相手に植え付けると

依存や執着が生まれます。

僕のしごとは

ただ与えられた時間の中で施術をすること

これだけです。

それ以上、それ以下のことを意識すると

そこに僕の意図が大きくはたらきはじめます。

これは仮に症状が解決したとしても

あまりいい状態ではないと思います。

ココロに触れるには

ココロというのは「快」「不快」という感覚でしかない。

そう仮定するとしたら

ココロの「快」と脳内の「快」がリンクすることです。

ココロというものが原始的な感覚でるとしたら

想いや感情はもっと深部的な感覚です。

運動をすると嫌なことを忘れられたり

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マッサージやストレッチで気分がスッキリするのは

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筋肉というのは想いや感情に対しても反応しているからです。

キネシオロジーという考え方や

Oリングテストなどは

こういう思考と筋の反射を利用したものです。

筋肉は脳内で思考したことと

ココロが感じた「快」「不快」という二者を照合して

反応するのです。

ということは

想うことは振舞いとして顕われます。

筋肉をほぐしたり、ゆるめたりするということは

凝り固まった考えをほぐしたり、ゆるめたりする作用もあるかもしれないのです。

ココロに触れるというのは

ココロをわかろうとしたり

ココロを直せるのではなく

筋肉や皮膚の状態にはたらきかけ

躰としてのはたらきが正常になることで

“ココロにも”良い作用がおこるということなのです。

骨は積み上げた歴史

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そこで僕の専門である骨格に戻ります。

人間の骨格は直立です。

この直立位は筋の反射と収縮なしには実現できません。

また筋は皮膚から感じるココロの「快」「不快」と思考したイメージが重なることで

反射的に収縮を繰り返します。

その姿勢を形取る骨格は

その人が感じ、想い、行動した積み重ねなのです。

もし、カラダに苦痛や問題を感じるのであれば

それは

自分にあまりフィットしないことが行動につながっているのかもしれません。

そういうと

人間関係のストレスや仕事の環境が合うとか合わないとか

こういうことをしている時は心地よいとかラクとか

そういう”言い訳”にしている人を見かけますが

そういう人ほど、カラダは疎かです。

様々な状況下で自分に答えを出し、選択的に行動すること

頭脳労働だけではなく、肉体のケアと自然とのふれあいも大切にすること

たったこれだけでも

姿勢というのはラクになります。

生きるというのは”適応力”です。

脊柱のはたらきを捉え直す

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脊柱は

感じたことを脳に伝え

そこに反応して

筋や内臓にはたらきを伝えます。

ですから

カラダが先に整っていないと

いい感情も、いい思考も湧いてこないと思うのです。

そこでまずは僕自身のカラダが

ココロとリンクしたカラダになっているかどうか?

カラダとココロに触れるカラダを僕自身で体現できるか?

ここへの取り組みをするようになりました。

つづく

ココロとつながるカラダ

このテーマへの取り組み

これが次回のテーマです。

おたのしみに〜

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