club marusan

"自分になおる"ためにできること。

差別化を考えても差別化にならない現状

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こんにちは

まるさんです。

治療院経営をしていると差別化をしないと!違いを見せないと!って躍起になって変な感じになる…

そんなことをたくさんしてきました笑

今思うと本当にバカバカしいことをたくさんしては、継続できずに途中でやめ、また新しいことをはじめてはまたやめ…

そんなことの繰り返しに。

人は違いを主張したくなるいきものですし、人と違うことが氣になるいきものでもある。

じゃあ、自分と誰かの違いってどこにあるのかな?って思うとね

それはそこに刻まれたDNAにあるんじゃないか?

そう思うんです。

例えば、僕はこの世界にカイロプラクティックのDNAを持って今まで施術をしてきました。

だからこそ、脊柱から人間の世界を見てきたし、これからもその視点で見ていくと思います。

でも、自分でサロンを持ったり、業績を意識したりしはじめると、自分が他のカイロプラクターと違うということを主張したくなるんですね。

そうやって興味や関心を惹きつけたくなる。

これは一時的に効果はあっても、長続きしない。

なぜなら違いを見せようと頑張ると他者に否定的になる。

でも、自分もその世界にいる以上はその否定の矛先は自分にも向いてしまうから矛盾が生じます。

そこで目を向けて見てわかるのが

僕がこれまでずっと一途に取り組んできたこと。

それが僕を支えてきた基盤なのに、新しいことを学んで、身につけ、それを違いとして出そうとしても、枝葉に少し飾り付けをした程度でしかないので、もっとその分野で真剣に取り組みをしてきた人からしたら笑われて終わりです。

僕がこれからも、これまでも、続けていこうと思えることに「違い」の源泉があると思います。

僕はカイロプラクティックを通じて、人間のカラダを理解し、人間の可能性を学んできました。

正常で機能的な脊柱とラクに立つこと

これが僕のカイロプラクティック観の根幹になるもの。

だから教える時も、痛いカラダを想定して語ることはありません。

脊柱が側弯を描くことは、正常に二本足で立つために必要なこと。

そういう前提から語ります。

だからゆがみを敵視しない施術を実現しようと思っています。

治療やカラダに対する考え方の基軸を持って、それに共感されれば、それこそが差別化、違いを生むことになります。

先日、ある人のお話会で

「盆栽の達人はいい枝振りにするためには根っこを育てるんだよ」

そんな話を聞きました。

違いは空にはなく、地面に現れる。

そうだなって感心しました。

自分が育った土壌を否定して、鉢を植え替えても木は育たないでしょう。

多くの人が自分と相手の違いを見せようとしても、量や見た目の違いだけになってしまうことがほとんどではないでしょうか?

いわゆる盛りすぎってやつです。

僕はカイロプラクティック業界の人間だからこそ、手技の可能性や脊柱のおもしろさをもっと伝えていきたい。

接骨院や整体屋さんが、脊柱のことをもっと知ってくれたら、安心してカラダを扱えるようになるし、患者さんのカラダや行動を否定せずに適切なアドバイスができるんじゃないか?

そんな風にも思えるのです。

そうすると
技術や理論などの方法論を教えてくれる人はたくさんいるけれど、「脊柱」という部位に特化してそれを考察していくことを教えてくれる人は僕以外にはあまりいないと思います。

毎日、ひたすらに脊柱を触れてきた僕ができる教育は「脊柱」という入り口からみた人体や心の世界。

今はそれをどんな風に形にしようか考えています。

こう考えていくだけで楽しくなるし、差別化、差別化って躍起になって、集客、集客って焦らなくても、十分、僕の話に興味を持ってくれている人はいると思います。

自分の源泉、自分の根っこ

それを蔑ろにしても、うまくはいかない。

自分を育ててくれた環境や恩師に感謝して、自分の世界を広げていきたいですね。

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