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"自分になおる"ためにできること。

今の時代の背骨観

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こんにちは

まるさんです。

カイロプラクティックは1895年にアメリカ人のD.D.パーマー氏に考案された、手技療法です。

ギリシャ語のChiro(手)とPracticos(技術)の造語で関節アジャストメントと脊柱マニュピレーションという技術を用いて、背骨の亜脱臼(サブラクセーション)という独特の概念をもって、その改善を目的としたものです。

これが120年くらい前に日本にはじめて入ったときに、骨のズレ、背骨の矯正と訳されて、今のような認識になったようです。

日本には古来、武道をベースにした整体術のようなものが多数存在しました。

カイロプラクティックの場合は、椎骨の亜脱臼という細部に観点を置いた考え方をし、古武術系の場合は全体が細部に影響を及ぼすという観点でした。

どちらも根本は同じことを言っていますが、観る視点が違うために術者の意識の持ちかたに差がでます。

僕はカイロプラクティックの学校に行った後、二年間、古武術系治療院に弟子入りしたおかげで、この両方を学ぶことができました。

むしろ、実践的な施術を体感したのは古武術系が先です。

だから、やはりこの影響がとても強いわけです。

治療院に行って、掃除や雑用を済ませたら、次にやるのは居合の稽古。

型をひたすら練習するのですが、今思えばこのときに稽古したカラダの動きが施術のときにすごく役に立っています。

座る、立つ、歩く

この何気ない動きの中に、今の時代ではうまく使えないものがあります。

この動きを二年間、毎日したことでカラダに沁み込んだことが本当に僕の身体感覚を高めてくれました。

背骨には歴史が刻まれる。

僕は進化の歴史が大好きで、その手の本もよく読みますが、骨に限らず、石や鉱物、結晶など形あるものには、進化の歴史、進化のDNAの痕跡が刻み込まれています。

日本人の骨には日本人のDNAがある。

米国人にも米国人のDNAがある。

その根っこは生活様式と食文化に垣間見られます。

文献としての身体感覚は武士のような文化的階級に遺りやすいので、遺っていないけれど、日本人の体感覚として観察すると実はその名残のような運動をしているから面白いですね。

今の若い人がなかなかできない動きのひとつに「しゃがむ」動作があります。

いわゆるヤンキー座りとかウンコ座りとかいうやつ。

日本は稲作文化だったために、田植えや稲刈りのときには、このしゃがむ動作が日常的だったと思われます。

稲作文化の国の人がしゃがむときは坐骨が地面を向く。

その上に脊柱が伸びて立つ。

このことで日本人の脊柱の生理的彎曲は欧米人よりも小さい。

ましてや泥や沼のような湿地を歩くには、脚をあげることは出来ず、摺り足の方が都合がいいです。

だからカラダを引き寄せるように動く、日本の道具は引いて使うものが多いのもそのためとか。

欧米人のような狩猟文化は、太ももを上げて獲物を追うため、しゃがむときは前傾姿勢になります。

槍で突く、斧で叩く

だから押すために脊柱の生理的彎曲はバネのように働くために、大きくなります。

昨年、ピラティスを一年間やりましたが、そのときは正に欧米系のカラダの動き、身体感覚だなぁって思いました。

動きのダイナミックさが違うんですね。

この両方の観点から背骨を捉え直しました。

するとカイロプラクティックとして施術することの観点が変わってきます。

ゆるめるところと動きを大きくするところ

そういう使い分けが必要なことに氣がつきます。

なぜなら、今の時代は欧米化された瞬発力も求められる時代です。

昔の日本人は〜だったから…

そうあるべきなんてこともないし

欧米人が〜だから…

日本人もそうあるべきなんてことにもならない

今の時代の今の日本人になる背骨や身体感覚というものがあるんじゃないかと思います。

僕もそういう意味ではまだ瞬発力が足りないなぁ〜

日本人的にいうなら「氣合」かな?

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