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こんにちは

まるさんです。

カラダを観て、

「こんな姿勢をよくしてるね?」とか

ゴルフの時のフォームとか

施術のときに診たてをします。

それを診たてるとき僕が見るのは目と頭の傾き
それと上部頸椎

頭の位置が脊柱に対してどういう状態であるのかを観てカラダの癖や習慣がわかる。

なぜなら

*背骨があるいきものは視線の方向に動く
*視野と首の可動域は比例する
*頭は視線を平行に保とうとする
*頭の位置が重心の位置を決める

このような物理的な法則があるため。

ここから推測すれば、自ずと見えてきます。

これを診て、背骨の流れと動きを照らし合わせれば、どこが動きにくいのか?何によって制限を受けているのか?ということも見えてきますし、

視野を意図的に広げて、首の可動域を広げたり、簡単な腰痛がなくなるようなこともできます。

そのくらい人間は視覚に支配されています。

目で見ることが当たり前ですから、当然といえば当然ですね。

でも、視覚って目だけじゃなくて、皮膚感覚や意識でも変えることができます。

よく俯瞰とかって言いますけど

自分の目を自分の頭の上や自分の後ろにあるイメージをして、そこから見る感じにするだけでも「見ている感覚」が変わったり、カラダの緊張が解れたりするのがわかります。

見るという動作と観ているものの間には、視覚としての情報だけでなく、皮膚感覚や空間認識などその他の情報も含まれ、脳で統合して見せているわけです。

だとしたら、実際に観ているものがねじ曲がる可能性もある。

目を診ていると、実際に観ているもの以外にも見えてくるものがあるから不思議です。

人間関係で感じる距離感や位置関係、自分の未来に対するヴィジョン

そういうものも投影されています。

そう考えるとカラダっていうのは、観ている世界に反映された状態で存在していると仮定しても言い過ぎではない氣がします。

この作用を利用して僕はよく「サバンナ瞑想」というイメージワークをします。

サバンナの大草原にいるイメージをして、そこに映る風景を見て、カラダでも感じる。

360°だけでなく、上や下の感覚まで、VRメガネを付けているように見渡し、感じているうちに脊柱の緊張はほぐれてきます。

自分が見ている世界がいかに狭いのか?ということを認識し、自分の観ている世界に健全に疑いを持つことができれば、この世界の事実はもっと優しいかもしれない。

カラダもアタマもココロも緩めて、もう一度世界を観てみよう。

それだけで自分という存在は何かが変わった氣がするから不思議だ。